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エドワード3世Edward III

イングランド国王[イギリス]

(ユリウス暦) 1377年 6月21日 死去享年66歳

エドワード3世 - ウィキペディアより引用

『エドワード3世 (イングランド王)』より : エドワード3世(Edward III, 1312年11月13日 - 1377年6月21日)は、プランタジネット朝のイングランド王(在位:1327年 - 1377年)。
父はエドワード2世、母はフランス王フィリップ4世の娘イザベラ。
妃はエノー伯ギヨーム1世の娘フィリッパ。
長男にエドワード黒太子がいる。
神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世は義兄にあたる。
生涯 即位 1327年、父が母イザベルとその愛人で寵臣だったマーチ伯ロジャー・モーティマーに廃されたため、15歳で即位した。
しかし若年のため、しばらくはこの両者による政治の壟断が行なわれた。
1330年3月、エドワードの叔父にあたるケント伯エドマンドがロジャーによって処刑された。
国王に無断での処刑に怒ったエドワード3世は、11月に宮廷革命を起こして母とロジャーを逮捕し、母は終身幽閉処分に、ロジャーは死刑にして実権を取り戻した。
前半期の成功 国内の統治を安定化させると、エドワード3世は親征に乗り出し、1333年にスコットランドを制圧、エドワード・ベイリャルを王に立てた。

エドワードさんせいEdwardIII [生]1312.11.13.バークシャー,ウィンザー[没]1377.6.21.サリー,シーンイギリス,プランタジネット朝のイングランド王(在位1327~77)。エドワード2世の子。15歳で即位し,母イザベルが摂政となったが,実権はロジャー・モーティマー(→モーティマー家)が握っていた。1330年モーティマーを処刑し,親政。1337年フランスに対し王位を主張,これをきっかけに百年戦争が始まった。第1期(1337~60)において長男のエドワード(黒太子)とともに出征。1360年ブレティニー・カレーの和約で在フランス領土を拡大したが,晩年にはその大半を失い,国政も四男のランカスター公ジョン・オブ・ゴーントにゆだねた。治世中は1348~50年の黒死病の流行による人口減少,毛織物工業の発達など,社会,経済の変動が著しく,政治面では議会が上下両院に分かれ,下院の発言力の拡大が目立った。 (引用元 コトバンク)