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瀧川幸辰 氏(たきがわゆきとき)

法学者[日本]

1962年 11月16日 死去心筋梗塞享年72歳

瀧川幸辰 - ウィキペディアより引用

瀧川 幸辰(たきがわ ゆきとき、1891年(明治24年)2月24日 - 1962年(昭和37年)11月16日)は、日本の法学者。
法学博士。
専門は刑法。
岡山県出身。
京都帝国大学教授。
京都大学総長。
日本学士院会員。
正三位勲一等瑞宝章。
「汝の道を進め、人々をして語るにまかせよ」というダンテの言葉を信条としていた。
瀧川の評伝を著した京都大学教授の伊藤孝夫は、瀧川は座右の銘のとおり自己の信念を貫きとおす人生を送ったと評している。
少年時代に叔父から貰った『福翁自伝』をよみ感銘を受けている。
その後も愛読し、京大総長時代の1957年(昭和32年)の入学式で福沢のエピソードを引いて告辞している。
京大の法学部教授であった大石義雄は、滝川を「漱石の『坊ちゃん』そのままの性格」と評している。
京大で新派刑法理論に立つ勝本勘三郎の刑法総論の講義を受け、1回生の期末試験で新派刑法理論を批判し、応報刑論で答案を書いた。
勝本は瀧川の答案を2回生の刑法各論の講義に際し、学生達の前で読み上げ、「この答案はなかなかおもしろいが、自分の子供の頭を思い切り殴られたようで思い切った点数があげられなかった」と言って笑ったという。