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劉暁波 氏Liu Xiaobo

作家[中国]

(ノーベル平和賞受賞)

2017年 7月13日 死去多臓器不全享年63歳

劉暁波 - 作家

劉 暁波(りゅう ぎょうは、リュウ・シャオボー、1955年12月28日 - )は、中華人民共和国の著作家。
元北京師範大学文学部講師。
人権活動や民主化運動に参加し、度々投獄される。
2008年に民主的立憲政治を求める零八憲章を起草して拘束され、2020年6月21日までの懲役刑の判決を受け錦州監獄で服役中。
2010年にノーベル平和賞を受賞し、中国在住の中国人として初のノーベル賞受賞者となった。
劉暁波は、「この受賞は天安門事件で犠牲になった人々の魂に贈られたものだ」と語り、涙を流したとされる。
なお、投獄中の人物に平和賞が贈られたのは、1935年に受賞したカール・フォン・オシエツキー、1991年に受賞したアウンサンスーチー(ただし、監獄ではなく自宅軟禁)以来、3人目である。
吉林省の長春市で生まれる。
1969年、上山下郷運動が行われている間、劉の父は、劉をホルチン右翼前旗に連れて行った。
吉林大学で中国文学を学んだあと、北京師範大学に進学。
1984年に修士号取得後、同校で教職に就く。
1980年代半ば、文学評論家李沢厚に対する批判で、中国文壇の「ダークホース」と呼ばれた。

りゅうぎょうはLiuXiaobo [生]1955.12.28.吉林,長春[没]2017.7.13.遼寧,瀋陽中国の人権活動家,文筆家,教師。10代の頃数年間,文化大革命期の下放により家族とともに辺境の農村で過ごす。1982年に吉林大学文学部を卒業後,北京師範大学で文学修士号(1984)と博士号(1987)を取得。1988~89年に欧米の大学に客員研究員として迎えられる。1989年に北京で学生を中心とした民主化運動が起こると,ニューヨークから急きょ帰国しハンガーストライキに参加。中国人民解放軍がデモ隊を武力弾圧した天安門事件のあと,残った学生が安全に撤退できるよう軍と交渉し暴力の拡大を防いだ。その活動は比較的穏健だったが,以後20年にわたって中国当局による監視が行なわれ,活動も制限された。2008年12月,世界人権宣言の60周年に合わせて中国の民主主義体制移行を訴える「08憲章」を起草,発表したことにより,2009年に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の判決を受けた。2010年,中国での基本的人権の確立のため長年にわたり非暴力の闘いを続けてきたという理由でノーベル平和賞が授与されたが,服役中のため授賞式には出席できなかった。代表作に現代の儒教思想家を批判した第一作『選擇の批判──李沢厚との対話』(1988)があり,雑誌に文芸批評や詩も発表。1990年以降,作品のほとんどは国外で出版されている。2017年5月には末期の肝臓癌と診断され,翌6月に健康上の理由による仮釈放が認められたが,当局に監視されながらの入院生活となった。 (引用元 コトバンク)