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マヌエル・ノリエガ 氏Manuel Antonio Noriega Moreno

軍人、政治家、独裁者[パナマ]

2017年 5月29日 死去享年84歳

マヌエル・ノリエガ - ウィキペディアより引用

マヌエル・アントニオ・ノリエガ・モレノ(Manuel Antonio Noriega Moreno, 1934年2月11日 - )はパナマ共和国の軍人、政治家。
1983年から1989年まで間は独裁者として君臨した同国の最高司令官(将軍)である。
日本の報道ではノリエガ将軍の通称で呼ばれた。
ブッシュ政権当時のアメリカ軍によるパナマ侵攻で失脚した。
パナマ大学を卒業後にペルーに留学。
帰国後、国家警備隊に入隊し、パナマの米州学校で訓練を受けた。
1983年、パナマ軍最高司令官に就任。
隣国コロンビアの麻薬組織(メデジン・カルテル)と結びつき、パナマからアメリカ合衆国へコカインなどを密輸するルートを私物化していった。
さらに反米国家のリビア人(カダフィ政権)やキューバ人に対してアメリカの査証やパスポートを闇ルートで転売していた。
1989年に大統領選挙に出馬したが、落選が確実になると軍をあげて選挙の無効を宣言する。
ところがその5日後、麻薬の不正浄化や在パナマアメリカ軍兵士の殺害、選挙結果の不履行を理由にブッシュ大統領によるアメリカ軍のパナマ侵攻を受け、アメリカ軍の圧倒的な物量差を前にパナマ国防軍は敗北した。

パナマ共和国の軍人、政治家。フルネームはマヌエル・アントニオ・ノリエガ・モレノ。1934年2月11日、パナマ市生まれ。国家警備隊に入隊し、トリホス同隊司令官の下で軍事情報部門のトップとなる。81年にトリホスが死亡し、83年にパナマ軍最高司令官となった。以降89年まで事実上の独裁者として君臨し、「ノリエガ将軍」の呼称で広く知られた。89年、米国はノリエガを麻薬密売などの罪で起訴し、同年12月に米軍がパナマに侵攻、90年1月にノリエガを拘束した。91年、米国での裁判で有罪判決を受け、約20年間フロリダ州マイアミで獄中生活をおくる。2010年に、資金洗浄の罪でフランスに身柄が移され、11年にはパナマの刑務所に収容された。その後パナマ市の病院に移り、17年3月には脳腫瘍の手術を受けた。17年05月29日、死去。享年83。 (2017-6-1) (引用元 コトバンク)

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