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森田草平(もりたそうへい)

作家[日本]

1949年 12月14日 死去肝硬変享年69歳

森田草平 - ウィキペディアより引用

森田 草平(もりた そうへい、1881年(明治14年)3月19日 - 1949年(昭和24年)12月14日)は、作家・翻訳家。
本名森田 米松。
夏目漱石の門下生の一人であるが、特に私生活での不祥事が多かったことから、門下生の中では異色の存在として扱われることが多い。
岐阜県方県郡鷺山村(現・岐阜市)生まれ。
攻玉社から日本中学校を経て第四高等学校に入学するが、女学生と恋愛問題を起こして退学処分を受ける。
その後第一高等学校に入り直し、1906年(明治39年)に東京帝国大学英文科を卒業。
卒業後、岐阜に帰郷するが夏目漱石の『草枕』に感銘を受け妻子を郷里に置いて上京、漱石の元へ足繁く通う傍ら与謝野鉄幹が主宰する閨秀文学講座で講師を務める。
この講座に聴講生として通っていた平塚らいてうと関係を持ち、1908年(明治41年)に栃木県塩原で心中未遂事件を起こす。
この心中未遂の後始末として、漱石の推薦で翌年小説『煤煙』を朝日新聞に連載し、これが彼の文壇デビューとなる。
その後、野上豊一郎の紹介で1920年(大正9年)に法政大学教授となる。

1881年(明治14)〜1949年(昭和24)。本名、森田米松。小説家。岐阜県生まれ。東京帝国大学英文科卒。夏目漱石に師事し、安部能成、小宮豊隆、鈴木三重吉とともに漱石門下の四天王に数えられる。『煤煙』で世に出る。のち、翻訳に転じ、ドストエフスキー、ゴーゴリなどを日本に紹介した。 (引用元 Hatena Keyword)