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松方弘樹 氏(まつかたひろき)

俳優映画監督[日本]

2017年 1月21日 死去脳リンパ腫享年76歳

松方弘樹 - ウィキペディアより引用

松方 弘樹(まつかた ひろき、1942年7月23日 - )は、日本の俳優・映画監督・映画プロデューサー。
本名は目黒 浩樹(めぐろ こうじゅ)。
東京府東京市(現在の東京23区)出身。
身長173cm、血液型はA型。
左利き。
個人事務所である株式会社MARE(マーレ)所属。
もともとは歌手志望で、作曲家の上原げんとの下で五木ひろしらと席を並べて歌を学んでいたが、五木の歌声を聞いているうちに自信を無くし、父と同じ俳優の道に入った。
17歳で[『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』(1960年、東映)で主演デビュー。
同学年の北大路欣也とはライバル関係だった。
松方は東映専属だった北大路とは違い、企画制作担当重役だった岡田茂(のち、同社社長)の個人預かり(フリー)であった。
映画『昭和残侠伝シリーズ』の助演や『人形佐七捕物帳』(NHK)の主演など、主に時代劇やヤクザ映画に出演。
中でも佐七は松方の当たり役になり、その後に制作されたテレビ朝日の『人形佐七捕物帳』でも再び主演した。
1969年(昭和44年)から1970年(昭和45年)には、岡田茂の指示で大映にレンタル移籍し、亡くなった市川雷蔵の穴埋めを期待され雷蔵の当たり役を演じた。

日本の俳優、タレント、映画監督。1942年7月23日、東京都生まれ。本名・目黒浩樹(めぐろこうじゅ)。父は俳優の近衛十四郎(このえじゅうしろう)、母は女優の水川八重子。60年、高校3年生の時に、父の所属する東映株式会社に入社し、同年の映画「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」で主役デビュー。二枚目スターとして人気を博す。69年、大映株式会社に移籍したが、71年東映に復帰。73年からの「仁義なき戦い」シリーズなどで名声を確立した。91年「江戸城大乱」で日本アカデミー賞主演男優賞、95年「蔵」で日刊スポーツ映画大賞、2010年には第32回ヨコハマ映画祭特別大賞を受賞している。映画の他にも数多くのテレビドラマに出演し、バラエティ番組にも進出。映画監督、プロデューサー、歌手と幅広く活躍している。 (2015-5-29) 松方弘樹 日本の俳優、タレント、映画監督。1942年7月23日、東京都生まれ。本名・目黒浩樹(めぐろこうじゅ)。父は俳優の近衛十四郎(このえじゅうしろう)、母は女優の水川八重子、弟は俳優の目黒祐樹。60年、17歳で父の所属する東映株式会社に入社し、同年の映画「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」で主演デビューした。73年からの「仁義なき戦い」シリーズなどで人気を不動のものとする。数多くのテレビドラマやバラエティー番組に出演し人気を博した。91年日本アカデミー賞主演男優賞、95年日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞、2010年ヨコハマ映画祭特別大賞など受賞多数。私生活では、最初の妻と離婚後、1979年に女優の仁科亜季子と結婚しタレントの仁科克基・仁科仁美をもうけるが、98年に離婚。2017年1月21日、脳リンパ腫により死去 …… (引用元 コトバンク)