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春野百合子(はるのゆりこ)

浪曲師・初代[日本]

1946年 3月26日 死去享年47歳

春野百合子 - ウィキペディアより引用

春野 百合子(はるの ゆりこ)は、浪曲の名跡。
初代 春野 百合子(1900年6月20日 - 1946年3月26日)本名、森八重。
福岡県博多の生まれ、父は祭文語りの東三光で、幼少の頃から父の英才教育を受ける。
9歳で都花子の名で浪曲の道に入る。
15歳で単独で大阪へ出て、春野百合子と改名し中川伊勢吉の元で鍛え上げられた。
2代目広沢虎吉の女流団「成美会」の一員で活躍。
同一団の冨士月子と共に関西浪曲界の女流看板として活躍した。
東京でも人気を博し有楽座、国技館で独演会を開催し好事家による後援会も発足した。
人気を美貌と美声で舞台に華を咲かせた。
戦時中は四国に疎開、戦後も軍、工場慰問などで活動したが1946年に死去。
得意演目は「金毘羅利生記」「五郎正宗」「義士伝」など。
2代目吉田奈良丸とは公然的な内縁の関係で、実の子に2代目百合子、春野百合若(廃業)がいる。
2代目(当代) 春野 百合子(1927年3月18日 - ) 本名、佐伯昌。
大阪府の生まれ。
2代目吉田奈良丸と初代春野百合子を両親に持ち、女流浪曲の第一人者、また関西浪曲界の最高峰として長く活躍する。

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