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江藤愼一 氏(えとうしんいち)

プロ野球選手、監督[日本]

2008年 2月28日 死去肝臓がん享年72歳

江藤愼一 - ウィキペディアより引用

江藤 愼一(えとう しんいち、1937年10月6日 - 2008年2月28日)は、熊本県山鹿市出身(福岡県北九州市生まれ)の元プロ野球選手(捕手、内野手、外野手)・監督、解説者。
「愼」の字を新字体にした江藤 慎一の表記で広く知られる。
前妻は元宝塚歌劇団の瀬戸みちる(44期生)。
はやせ翔馬(74期生)は次女。
プロ野球選手から慶大野球部監督になった江藤省三は実弟。
幼少時より新聞配達などで家計を助けていた。
八幡製鐵で外野手をやっていた父から野球を教わり、捕手となる。
中学時代は捕手で4番を打ち、県大会に出場。
熊本商業では1年秋からレギュラーとなり、後に4番を打つ。
1955年の夏の甲子園県予選では西園寺昭夫擁する熊本工に敗れ、甲子園には出場できなかった。
卒業後は日鉄二瀬にテスト入団し、濃人渉監督の指導を受ける。
1956年からは3年連続で都市対抗に出場。
1957年の大会では、1回戦で鐘化カネカロンと対戦し決勝本塁打を放つ。
この試合でチームメイトの村上峻介投手が大会史上初の完全試合を達成した。
翌1958年の大会では、エース・井洋雄の好投もあり決勝まで進むが、日本石油に敗れる。