芸能人・経営者のおくやみ情報

大田実(おおたみのる)

海軍少将[日本]

1945年 6月13日 死去自決享年55歳

大田実 - ウィキペディアより引用

大田 実(おおた みのる、1891年(明治24年)4月7日 - 1945年(昭和20年)6月13日)は、日本の海軍軍人。
最終階級は海軍中将。
千葉県長生郡長柄町出身。
旧制千葉県立千葉中学校より海軍兵学校41期入校。
席次は入校時は120名中53番、卒業時118名中64番。
草鹿龍之介、木村昌福、田中頼三などが同期生である。
大田は海軍における陸戦の権威者で、第一次上海事変に参戦したほか、二・二六事件では佐藤正四郎麾下の陸戦隊大隊長として東京へ出動している。
同部隊の参謀は大田とともに海軍陸戦隊を代表する指揮官となった安田義達であった。
太平洋戦争においては、第二連合特別陸戦隊司令官としてミッドウェー島上陸部隊の海軍指揮官となる(陸軍部隊指揮官は一木清直)が、ミッドウェー海戦における敗北により上陸作戦は中止となった。
のちに第八連合特別陸戦隊司令官に転じ、ムンダ、コロンバンガラなどで苦闘した。
沖縄戦では、海軍最先任者として沖縄根拠地隊司令官を務め、米軍上陸時に約1万人の部隊を率いて沖縄本島小禄半島での戦闘を指揮。

おおた-みのる 1891-1945大正-昭和時代前期の軍人。明治24年4月7日生まれ。昭和12年鶴見(つるみ)特務艦長,第二・第八連合特別陸戦隊司令官,佐世保警備隊司令官などを歴任。沖縄方面根拠地隊司令官として小禄(ころく)の海軍壕を死守し,昭和20年6月13日自決した。55歳。没後海軍中将に進級。千葉県出身。海軍兵学校卒。【格言など】沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ(自決直前,海軍次官にあてた電報の末文) (引用元 コトバンク)

「大田実」と関連する人物(故人)