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上林暁 氏

作家[日本]

1980年 8月28日 死去享年79歳

上林暁 - ウィキペディアより引用

上林 暁(かんばやし あかつき、1902年(明治35年)10月6日 - 1980年(昭和55年)8月28日)は、日本の小説家である。
高知県西部の幡多郡出身。
本名は、徳廣巌城(とくひろ いわき)。
来歴・人物 高知県幡多郡田ノ口村下田ノ口(現在は幾多の町村合併を経て黒潮町)に生まれた。
高知県立三中(現高知県立中村高等学校)の時代には、雑誌『文章世界』に影響を受け、友人らと語らって回覧雑誌『かきせ』を発行し、この頃に小説家になる希望を持った。
また、芥川龍之介に傾倒する。
1921年(大正10年)に熊本の第五高等学校文科甲類に入学。
入学した年に校友会雑誌『龍南』の懸賞創作に応募した『岐阜提燈』が三等に入選。
翌年には雑誌部委員となる。
1922年(大正11年)に高等学校の寮を出て、熊本市上林(かんばやし)町75の森山方に下宿、「上林」の筆名は、このときに住んだ地名に由来する。
東京帝国大学文学部英文科に進学し、1927年(昭和2年)に卒業後は改造社に入社。
『現代日本文学全集』の校正や雑誌編集に従う傍ら、同人雑誌『風車』を刊行し、同誌に『渋柿を囓る少年又は飯を盗む少年』『凡人凡日』『夕暮の会話』を発表する。

かんばやしあかつき [生]1902.10.6.高知,田ノ口[没]1980.8.28.東京小説家。本名,徳広巌城(いわき)。第五高等学校を経て1927年東京大学英文科卒業。卒業とともに改造社に入り,1933年同社の『文芸』発刊に伴いその編集主任となる。同年第1創作集『薔薇盗人』を出し,翌年退社,以後創作に専念。農村出身の意志の強さや執拗さをもつストイックで誠実な私小説作家として独自の作風を樹立。『春の坂』(1958)で文部大臣賞を受けた。作品はほとんどが短編で,病妻をみとる精神病院の日々を描いた『聖ヨハネ病院にて』(1946)のほか,代表作に『安住の家』(1938),『ちちははの記』(1939),『白い屋形船』(1963)などがある。 (引用元 コトバンク)