芸能人・経営者のおくやみ情報

山本薩夫 氏

映画監督[日本]

1983年 8月11日 死去享年74歳

山本薩夫 - ウィキペディアより引用

山本 薩夫(やまもと さつお、1910年7月15日 - 1983年8月11日)は、日本の映画監督である。
鹿児島県出身。
早稲田大学文学部独文科中退。
甥たち(兄山本勝巳の子)が、俳優の山本學、山本圭、山本亘で、自身の作品への配役も多い。
息子の山本駿、山本洋も映画監督。
両親とも石川県小松市の出身(薩夫の本籍も石川県)。
札幌農学校を中退して農商務省の官吏になった父が愛知県庁を振り出しに各地の県庁を転々とし、鹿児島県庁勤務時に薩夫が生まれた。
名前もそこから付けられた。
6人兄弟の末っ子で兄弟はそれぞれ別の土地で生まれた。
薩夫が2歳になる前に父が愛媛県庁に転勤し、一家は愛媛県松山市に引っ越す。
この時期に長兄の友人で、のちに共産党弾圧で獄死した重松鶴之助や俳人・中村草田男らの知遇を得る。
重松の勧めで通った油絵の塾の先生が伊丹万作だった。
以後中学一年まで松山で育つ。
1923年に旧制松山中学校(現:愛媛県立松山東高等学校)に入学するが、父が定年となり、兄が東京大学に入学したことを機に一家は上京し、薩夫も明治中学に編入した。

やまもとさつお [生]1910.7.15.鹿児島[没]1983.8.11.東京映画監督。早稲田大学独文科中退後,1933年松竹に入社,成瀬巳喜男に師事,1934年PCL(東宝の前身)に転じて1937年処女作『お嬢さん』を発表した。第2次世界大戦後,亀井文夫と共同で『戦争と平和』(1947)を発表,戦争の悲劇を強烈に描いて注目された。1950年独立プロの新星映画社に参加,『暴力の街』(1950),『箱根風雲録』(1952),『真空地帯』(1952)など,社会批判を盛込んだ作品を生んだ。これらは当時の独立プロブームを招いた問題作として,今日なお高く評価されている。そのほか『荷車の歌』(1959),『証人の椅子』(1965),『戦争と人間』(3部作,1970~73),『華麗なる一族』(1974),『不毛地帯』(1976),『あゝ野麦峠』(1979)など。 (引用元 コトバンク)