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武者小路実篤 氏

作家[日本]

1976年 4月9日 死去尿毒症享年92歳

武者小路実篤 - ウィキペディアより引用

武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ、1885年(明治18年)5月12日 - 1976年(昭和51年)4月9日)は、日本の小説家・詩人・劇作家・画家。
貴族院勅選議員。
姓の武者小路は本来「むしゃのこうじ」と読むが、のちに「むしゃこうじ」に読み方を変更した。
しかし、一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も誤りだと糺すことはなかったという。
仲間からは「武者」(ムシャ)の愛称で呼ばれた。
文化勲章受章。
名誉都民。
日本芸術院会員。
贈従三位(没時叙位)。
東京府東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に、藤原北家の支流・閑院流の末裔で江戸時代以来の公卿の家系である武者小路家に武者小路実世子爵の第8子として生まれた。
2歳の時に父が死去。
子供時代は作文が苦手だった。
学習院初等科、同中等学科、同高等学科を経て、1906年(明治39年)に東京帝国大学哲学科社会学専修に入学。
1907年(明治40年)、学習院の時代から同級生だった志賀直哉や木下利玄らと「十四日会」を組織する。
同年、東大を中退。
1908年(明治41年)、回覧雑誌『望野』を創刊。

小説家・劇作家。東京生。華族武者小路実世の第八子、ドイツ大使公共の弟。志賀直哉らと「白樺」を創刊、白樺派の代表的作家として活躍する。一方、社会主義的立場から「新しき村」のユートピア運動を実践。戦後は同人誌「心」を創刊。著書に『お目出たき人』『友情』等。また美術への関心を深め、絵画にも力を入れ芸術院会員となる。文化勲章受章。昭和51年(1976)歿、90才。 (引用元 コトバンク)