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大庭みな子 氏

芥川賞作家[日本]

2007年 5月24日 死去腎不全享年78歳

大庭 みな子(おおば みなこ、1930年11月11日 - 2007年5月24日)は日本の小説家。
本名・美奈子。
東京市出身。
来歴・人物 東京渋谷生れ。
海軍軍医の父の転任で、海軍の要地に移り住む。
広島県呉市(呉市二河小学校)、広島県江田島(従道小学校(海軍兵学校内))、愛知県豊川市(豊橋高等女学校(現愛知県立豊橋東高校))、広島県賀茂郡西条町(現東広島市)などで育つ。
賀茂高等女学校(現広島県立賀茂高校)在籍時の1945年8月末から原爆投下後の広島市に救援隊として入り、その惨状に強い衝撃を受ける。
この時見た被爆地の悲惨な光景が文学的原点となった。
終戦後、岩国高等女学校(現山口県立岩国高校)、新潟高等女学校(現新潟県立新潟中央高校)を経て津田塾大学学芸学部英文学科卒業。
夫の赴任先・アラスカで本格的に執筆を始め、1968年、アメリカの市民生活を描いたデビュー作『三匹の蟹』で、群像新人文学賞・芥川賞を受賞した。
1975年『がらくた博物館』で女流文学賞、1982年『寂兮寥兮(かたちもなく)』で谷崎潤一郎賞、1986年『啼く鳥の』で野間文芸賞、1991年評伝『津田梅子』で読売文学賞、2003年『浦安うた日記』で紫式部文学賞受賞。

おおばみなこ [生]1930.11.11.東京[没]2007.5.24.千葉小説家。本名美奈子。軍医の父の赴任先,広島市で原子爆弾投下後の救護活動に動員された経験をもつ。津田塾大学卒業。1959年夫の仕事の都合で渡米,アラスカで11年を過ごす。この間の1968年に『三匹の蟹』で群像新人賞,次いで芥川賞を受賞。アメリカ合衆国に滞在する日本人の生活を描くこの作品では,日本と世界,日本人と外国人をことさらに区別していないが,一度英語を介した日本語ともいうべき文体から,生存の根から切り離されたものの日常が象徴的に立ち現れてくる。1987年河野多恵子とともに芥川賞初の女性選考委員に就任,1997年まで務めた。1991年日本芸術院会員。1996年病に倒れたが,詩や短歌を発表していた。主著に『虹と浮橋』(1968),『浦島草』(1977),『寂兮寥兮(かたちもなく)』(1982,谷崎潤一郎賞),『啼く鳥の』(1985,野間文芸賞),評伝『津田梅子』(1990,読売文学賞)などがある。 (引用元 コトバンク)