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佐藤紅緑

作家俳人[日本]

1949年 6月3日 死去享年76歳

佐藤 紅緑(さとう こうろく、1874年(明治7年)7月6日 - 1949年(昭和24年)6月3日)は、日本の作家、俳人。
本人の意に反して執筆する事となった「少年小説」の分野で昭和初期に圧倒的な支持を受け、「少年小説の第一人者」として知られる。
作詞家で詩人のサトウハチロー、作家の佐藤愛子、脚本家で劇作家の大垣肇の父。
3人とも母は異なり、肇は愛人の子供であり、同居はしていない。
弟子に佐藤惣之助と、独自の日本文化論を提唱した福士幸次郎の二人の詩人がいる。
福士は紅緑の食客で、紅緑の家庭内の事件のたびにその収拾に奔走した。
晩年の紅緑は、少年たちに理想を説く小説を書き続けたが、皮肉にも、別居していた肇以外の、長男ハチローをはじめとする4人の息子たちは、すべて道楽者の不良少年・不良青年となった。
ハチローは詩人として成功したが、他の3人は、乱脈な生活を続けた生活無能力者で、破滅的な死に方をした。
紅緑は生涯、彼らの借金の尻拭いをし続けた。
その有様は、娘・愛子の小説『血脈』に描かれている。
1874年(明治7年)、現在の青森県弘前市親方町に、父弥六・母支那(しな)の次男として出生。

1874〜1949 劇作家。小説家。 弘前市生まれ。本名、洽六(こうろく)。正岡子規門下の俳人として出発。のち創作に転じ、大衆小説を書く。 「あゝ玉杯に花うけて」「英雄行進曲」などの少年小説を雑誌「少年倶楽部」に連載し、熱狂的な愛読者を得た。 詩人・サトウハチローは息子、作家・佐藤愛子は娘である。 (引用元 Hatena Keyword)