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田中舘愛橘 氏

地球物理学者[日本]

1952年 5月21日 死去享年97歳

田中舘愛橘 - ウィキペディアより引用
田中舘 愛橘(たなかだて あいきつ、1856年10月16日(安政3年9月18日) - 1952年(昭和27年)5月21日)は、日本の地球物理学者。
東京帝国大学教授。
帝国学士院会員、文化勲章受章者。
生涯 陸奥国二戸郡福岡(現在の岩手県二戸市)の南部藩士の家に生まれた。
田中舘愛橘は相馬大作の姉の子孫である。
南部藩の藩校で学んだ後に、一家が東京へ移住。
慶應義塾、官立東京開成学校予科を経て、1878年(明治11年)に前年に発足したばかりの東京大学理学部(のち帝国大学理科大学)に入学。
日本で最も早い時期に「野球」に接した人物でもある。
在学中は菊池大麓、山川健次郎に師事し、ジェームス・アルフレッド・ユーイング(James Alfred Ewing)に電磁気学、T・メンデンホールに地球物理学を学び、富士山頂での重力測定を手伝う。
エジソンのフォノグラフが発表されるとその試作を行ったという。
1882年(明治15年)に東京大学理科物理学科を第1期生として卒業し準助教授に就任。
1883年(明治16年)に助教授となる。
この年に電磁方位計を考案している。
1888年(明治21年)、公費でイギリス・グラスゴー大学のケルビン卿のもとに留学した。
題名
田中舘愛橘ものがたりーひ孫が語る「日本物理学の祖」ー (ジュニアノンフィクション)
著者
松浦明
発売元
銀の鈴社
発売日
2016-05-27
新品価格
¥ 1,944 より
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「田中舘愛橘」と関連する人物(故人)

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