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小田嶽夫 氏

芥川賞作家[日本]

1979年 6月2日 死去享年80歳

小田嶽夫 - ウィキペディアより引用

小田 嶽夫(おだ たけお、1900年7月5日 - 1979年6月2日) は、日本の小説家。
本名は、小田武夫。
新潟県高田市(現・上越市)竪春日町出身。
高田中学(現新潟県立高田高等学校)、東京外国語大学支那語学科を卒業後、外務省入省。
外務書記として中国・杭州の領事館などに勤務。
1926年に蔵原伸二郎の紹介で同人誌『葡萄園』に参加。
のちに『文藝都市』にも寄稿する。
1936年に「城外」(『文學生活』創刊号、1936年6月)で第3回芥川賞受賞。
78歳没。
ほとんどの作品が中国に眼を向けたもので、代表作の「城外」もその一つである。
しかし、「高陽草子」には、郷土(高田)への思いをこめた文章が多く書かれている。
日本における魯迅の紹介者という役割もあり、『魯迅伝』を著している。
太宰治とは交友関係にあり、小田の助力によって太宰は『魯迅伝』『大魯迅全集』『東亜文化圏』などを入手し『惜別』(朝日新聞社、1945年9月)執筆の材料とした。

おだたけお(1900―1979) 小説家。本名武夫。新潟県生まれ。東京外国語学校(現東京外国語大学)支那(しな)語科卒業。外務省書記として中国の杭州に赴任したが、文学を志して退職。同人誌『葡萄(ぶどう)園』『麒麟(きりん)』などを遍歴したのち、中国に取材した『城外』(1936)で芥川(あくたがわ)賞を受賞。日中戦争によって中国への関心が高まるなかで、『魯迅(ろじん)伝』(1941)、短編集『紫禁城の人』(1941)は注目された。戦後は松川事件に取材した『真実の行方』(1957)、回想記『文学青春群像』(1964)のほか、『漂泊の中国作家』(1965)、『義和団事件』(1969)、『郁達夫(いくたつふ)伝』(1974)などの中国に関連したものがある。[東郷克美]『『芥川賞全集1』(1982・文芸春秋)』 (引用元 コトバンク)