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源氏鶏太 氏

直木賞作家[日本]

1985年 9月12日 死去享年74歳

源氏鶏太 - ウィキペディアより引用

源氏 鶏太(げんじ けいた、1912年(明治45年)4月19日 - 1985年(昭和60年)9月12日 )は、日本の小説家。
富山市出身。
旧制富山商業学校(現・富山県立富山商業高等学校)卒。
本名、田中富雄。
ペンネームの由来は「平家より源氏が好きなこと」と「『鶏』という字が好きで、『鶏太』とすると、昔の武士の名前のようになる」という理由。
長男の田中継根はロシア文学研究者で東北大学名誉教授。
略歴・人物 父は富山の置き薬売りで、家庭は豊かではなかった。
7人兄弟の末っ子だったが、兄・姉たちとは年がはなれており、源氏が物心つく頃には兄・姉たちは家を出ていたため、母と2人で暮らす。
富山商業学校時代は、中山輝に師事して詩を書いていた。
詩誌『新詩脈』の同人には、友人で詩人の川口清がいた。
1930年、大阪の住友合資会社(1937年に住友本社に改組)に入社し、経理課長代理まで昇進した。
戦後の財閥解体時は、GHQからの指示で、住友本社の清算事務を担当した。
その後は、泉不動産(現・住友不動産)で総務部次長を務め、サラリーマン時代はずっと経理畑を歩んだ。

1912年(明治45年)4月19日〜1985年(昭和60年)9月12日 富山市泉町57番地に生まれる。本名田中富雄。 富山県立富山商業卒業後住友合資会社入社。戦後の財閥解体後泉不動産(現住友不動産)に移り、1956年総務部次長で退職。小説家に専念する。 勤続25年10ヶ月のサラリーマン生活体験を基盤に、サラリーマンを主人公とした数多くのユーモア・明朗小説を発表する。 処女作は1934年報知新聞社募集の懸賞小説に入選した「村の代表選手」。 翌年のサンデー毎日募集の懸賞小説で「明日も青空」が佳作。このときから源氏鶏太のペンネームを使用。 実質的な作家活動は、1947年の「たばこ娘」から。1951年「英語屋さん」他で第25回直木賞。 1958年より直木賞選考委員。 1961年より東宝株式会社監査役。 1970年、吉川英治文学賞。 (引用元 Hatena Keyword)