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橘外男 氏

直木賞作家[日本]

1959年 7月9日 死去享年66歳

橘 外男(たちばな そとお、1894年10月10日 - 1959年7月9日)は、日本の小説家。
石川県出身。
甥に少年画報社の漫画編集者で『ヤングコミック』創刊者の橘賢晋がいる。
陸軍歩兵大佐橘七三郎の三男として金沢に生まれ、父の転任に伴い、熊本や高崎で育つ。
15,6歳から小説に熱中し、下級生を恐喝して旧制高崎中学校を諭旨退学となるなど、旧制中学を退学になること数度。
父に勘当され、札幌で北海道鉄道管理局長を務める叔父に預けられたが、北海道鉄道管理局勤務中、芸妓に迷い、業務上横領罪で実刑判決を受け、21歳の時から札幌監獄で1年ほど服役。
その経験を『私は前科者である』、『ある小説家の思い出』に書いている。
27歳で妹の死去に逢い発奮して小説『太陽の沈みゆく時』を刊行。
大正年間にキリスト教の影響の強い小説を書いていたが、作家として世に出るのは1936年に「文藝春秋」の実話小説の懸賞募集に『酒場ルーレット紛擾記(バー ルーレット トラブル)』が入選してからである。

小説家(1894年(明治27年)10月10日〜1959年(昭和34年)7月6日) 金沢市生まれ。 名は「キチガイオトコ」とも読めるが、本名とのこと。 父の転勤で群馬県に移り、群馬県高崎中学校を中退。 1922年(大正11年)処女作となる『太陽の沈みゆく時』(全3巻)を刊行(第1巻=大正11年7月・東京日本書院刊)。 1936年(昭和11年)「酒場ルーレット粉擾記」が文藝春秋実話募集入選に入選し、「文藝春秋」昭和11年5月号に掲載。 同時期に第4回直木賞(昭和11年下半期)の候補となる。 1938年(昭和13年)「文藝春秋」昭和13年2月号に発表した「ナリン殿下への回想」により、第7回直木賞受賞(昭和13年上半期) 1959年(昭和34年)腎臓機能不全症のため死去。 (引用元 Hatena Keyword)