訃報新聞 - 有名人・経営者のおくやみ情報

諸橋晋六 氏

三菱商事元社長[日本]

2013年 6月23日 死去心不全享年91歳

諸橋 晋六(もろはし しんろく、1922年7月13日 - 2013年6月23日)は、東京府北豊島郡出身の実業家、サッカー選手。
東京府北豊島郡高田町で五人兄弟の三男(兄2人、姉1人、妹1人)として生まれた。
父は後に大漢和辞典の編者となる諸橋轍次、母・キンは小千谷縮の商家の出身であり、詩人の西脇順三郎は母の従兄弟であった。
自宅の近くに菊池寛の居宅があり、幼少期は菊池の息子の英樹とよく遊んでいた。
東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校、1935年卒業)では鶴見俊輔や中井英夫などが同級生であった。
東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)の3年生よりサッカーを始め、4年生でレギュラーとなり、5年生で主将を務め、1940年に中学を卒業した。
中学卒業後は旧制高等学校を受験したが、1940年および1941年と2年連続で受験に失敗して浪人生活を送った。
浪人時代の友人に上掲の中井がいた。
1942年も旧制高等学校の受験に失敗したものの、上智大学経済学部経済学科に合格して同大学に進学した。

三菱商事元社長の諸橋晋六(もろはし・しんろく)氏が23日午前1時10分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。90歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで執り行う。喪主は妻澄子(すみこ)さん。後日、同社主催のお別れの会を開く予定だが、日時、場所などは未定。 1986年11月、急死した前社長の後任として緊急登板。前年のプラザ合意を受け、急激な円高が進むなど市場環境が大きく変化する中、事業領域の選別や投資活動の強化を柱とする経営改革を実行した。その後会長、相談役を経て2004年4月から特別顧問。 01年勲一等瑞宝章を受章。サッカーに理解が深く、02年のワールドカップ日韓大会の開催にも尽力した。