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武田泰淳 氏(たけだたいじゅん)

作家[日本]

1976年 10月5日 死去享年65歳

武田泰淳 - ウィキペディアより引用

武田 泰淳(たけだ たいじゅん、1912年(明治45年)2月12日 - 1976年(昭和51年)10月5日)は、日本の小説家。
第一次戦後派作家として活躍。
主な作品に『司馬遷』、『蝮のすゑ』、『風媒花』、『ひかりごけ』、『富士』、『快楽』など。
妻は随筆家の武田百合子、娘は写真家の武田花。
兄は水産生物学者・東大教授の大島泰雄。
伯父に僧侶・仏教学者・社会事業家の渡辺海旭がいる。
来歴・人物 東京市本郷区(現在の東京都文京区本郷)にある浄土宗の寺に大島泰信の三男として生まれる。
長い間二男とされていたが、上田女子短期大学教授の長田真紀の研究によって、夭折した次兄・信也がいたことが明らかになった。
出生名は覚(さとる)。
父の師にあたる武田芳淳に養子に入り、武田泰淳と姓名を変更する。
京北中学校、浦和高等学校を経て東京帝国大学文学部支那文学科に入学、竹内好と知り合う。
左翼活動を繰り返し、1年の時、中央郵便局でゼネスト呼びかけのビラ配布に参加して逮捕され、1ヶ月ほど警視庁丸ノ内署や本富士署に身柄を拘束される。

たけだたいじゅん [生]1912.2.12.東京[没]1976.10.5.東京小説家。東京大学支那文学科在学中左翼運動に参加,1932年中退。34年竹内好らと「中国文学研究会」を創設,35年機関誌『中国文学月報』(のち『中国文学』)を創刊。37年召集,中国に派遣され,39年除隊,43年評伝『司馬遷』を発表,44年上海に渡り敗戦を迎えた。以後は小説に転じ,『才子佳人』(1946),『審判』(47),『蝮(まむし)のすゑ』(47),『風媒花』(52),『ひかりごけ』(54),『森と湖のまつり』(55~58)などを執筆。重厚な文体で人間存在の混沌とした暗部を描くその作風は『富士』(69~71)に集大成された。 (引用元 コトバンク)