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蒲原有明 氏(かんばらありあけ)

詩人[日本]

1952年 2月3日 死去急性肺炎享年78歳

蒲原有明 - ウィキペディアより引用

蒲原 有明(かんばら ありあけ、1875年(明治8年)3月15日 - 1952年(昭和27年)2月3日)は、日本の詩人。
本名、隼雄(はやお)。
東京生れ。
D・G・ロセッティに傾倒し、複雑な語彙やリズムを駆使した象徴派詩人として『独絃哀歌』『春鳥集』『有明集』などを発表。
薄田泣菫と併称され、北原白秋、三木露風らに影響を与えた。
生涯 東京麹町隼町に、蒲原忠蔵、石川ツネ(1879年入籍、のち離婚)の子として生れた。
地名にちなみ隼雄と名付けられた。
生まれつき体が弱かった。
平河小学校(現・千代田区立麹町小学校)、東京府尋常中学校(現・都立日比谷高校)を卒業し、第一高等中学校(のちの一高)を受験したが失敗。
国民英学会で学び、卒業後小林存や山岸荷葉らと同人雑誌「落穂双紙」を発刊し、ここに初めて詩を載せた。
読売新聞の懸賞小説に応募し「大慈悲」が当選し、この時期小説を書いたが、すぐに詩作に専念する。
巌谷小波の木曜会に顔を出すようになり、D.G.ロセッティの訳詩や、新体詩集『草わかば』を出版した。

(1875-1952) 日本の詩人。薄田泣菫と並ぶ日本近代象徴派を代表する詩人。北原白秋、三木露風らに影響を与えた。D・G・ロセッティに傾倒。 (引用元 Hatena Keyword)