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脇坂安宅

播磨龍野藩主、老中[日本]

1874年 1月10日 死去享年65歳

脇坂安宅 - ウィキペディアより引用

脇坂 安宅(わきさか やすおり)は、江戸時代後期から幕末の大名、老中、播磨龍野藩第9代藩主。
龍野藩脇坂家11代。
生涯 龍野藩8代藩主脇坂安董の長男として生まれたが、正室の子だった次弟の安坦が世嗣となり、当初は部屋住みのままだった。
しかし天保9年(1839年)に安坦が早世したため、31歳にして嫡子となった。
そして天保12年(1841年)、父の死により家督を継いだ。
龍野藩脇坂家は父の功績もあり、正式な譜代大名となっていたが、安宅も襲封後、寺社奉行、京都所司代、老中と順当に昇役した。
京都所司代時代には京都御所炎上の大火があり、その復旧に功績があって、孝明天皇より茶室を拝領する。
現在龍野公園の心字池上にある浮堂の茶室「聚遠亭」がそれである。
また、所司代のかたわら、龍野の名産のうすくち醤油の販路拡大を近畿圏で手広く行った。
安政4年(1857年)には老中に欠員が生じたため老中に上げられ、外国掛を担当する。
桜田門外の変で大老井伊直弼が暗殺されると、井伊時代に閣内にいた老中達は順次幕閣を去り、安宅も文久元年(1861年)に辞任し、翌文久2年(1862年)に隠居した。

  • 題名
    鴎波余韻
    著者
    脇坂安宅
    発売元
    純不己軒
    発売日
    1875
    新品価格
    より
    中古商品
    より
  • 題名
    藤のうら葉
    著者
    脇坂安宅
    発売元
    発売日
    1875
    新品価格
    より
    中古商品
    より