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小山勉 氏

元バレーボール選手、日本代表監督、元日本バレーボール協会専務理事[日本]

2012年 7月2日 死去食道がん享年75歳

小山 勉(こやま つとむ、1936年7月26日 - 2012年7月2日 )は、日本のバレーボール選手、指導者。
1964年東京オリンピックバレーボール男子銅メダリスト。
香川県坂出市出身。
坂出東部中学校から香川県立坂出商業高等学校に進学し、1953年の全日本高校選手権で攻守の要としてチームを全国優勝に導いた。
関西学院大学でも全日本大学選手権制覇に貢献。
大学卒業後は実業団の富士フイルムに加入し、ここでもチームの全国制覇に貢献。
全日本男子にも選出され、1964年の東京オリンピックでは銅メダル獲得に貢献。
選手引退後は指導者に転じ、富士フイルム監督に就任。
1972年に松平康隆の後を引き継いで全日本男子監督に就任、モントリオールオリンピック日本代表チームを率いたが、準決勝でポーランドに敗れてオリンピック連覇を逸した。
その後、1988年のソウルオリンピックでも再び全日本男子を率いた。
ソウルオリンピック終了後には松平康隆日本バレーボール協会会長の下で協会の常務理事、専務理事を務めた。

小山 勉氏(こやま・つとむ=元日本バレーボール協会専務理事)2日午前2時9分、食道がんのため神奈川県小田原市の病院で死去、75歳。香川県出身。葬儀は6日午前10時30分から小田原市栄町1の6の10の湘和会堂小田原で。喪主は妻晴美(はるみ)さん。 64年東京五輪の日本代表選手で銅メダルを獲得。男子日本代表監督として76年モントリオール五輪で4位、88年ソウル五輪では10位の成績を残した。 

政治学者。1936年6月20日−2006年12月29日。鹿児島県種子島生まれ。67年早大政経学部卒。70年同大学院修士課程修了。73年東京都立大学大学院博士課程中退、新潟大学講師、77年助教授、84年教授、「トックヴィルの自由精神の政治学 比較文明的視座からのデモクラシーの批判と形成原理」で都立大法学博士。85年九大法学部教授、92年法学部長。98年定年退官、名誉教授、福岡大学教授。 (引用元 Hatena Keyword)

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