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安倍能成 氏

哲学者政治家[日本]

1966年 6月7日 死去享年82歳

安倍能成 - ウィキペディアより引用
安倍 能成(あべ よししげ、1883年(明治16年)12月23日 - 1966年(昭和41年)6月7日))は、日本の哲学者、教育者、政治家。
法政大学教授、京城帝国大学教授、第一高等学校校長、貴族院勅選議員、文部大臣を歴任。
貴族院帝国憲法改正案特別委員会委員長。
学習院院長。
医師安倍義任、シナの8男として松山城下の小唐人町(後の愛媛県松山市大街道)に生まれた。
松山中(後の愛媛県立松山東高等学校)から第一高等学校、東京帝国大学へとすすむ(ただし、家庭の経済事情より中学卒業後1年間、母校の助教諭心得(講師)として英語を教えているため、第一高等学校進学は1902年(明治35年)のことである)。
在学中、夏目漱石や波多野精一、高浜虚子の影響を受けた。
同窓生の一人に、藤村操がおり、その妹・恭子と結婚した。
また、一高を中途退学した同期の岩波茂雄との交流は終生続き、後年岩波書店経営方針に深く関与し、岩波の没後には、公式伝記も執筆した。
1906年、東京帝国大学1年生時に、友人が夏目漱石の元を訪問するのに同行して以来、漱石を深く尊敬師事し、後年には小宮豊隆・森田草平・阿部次郎(鈴木三重吉とする説もある)と並んで「漱石門下の四天王」と称された。