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阿部正精

備後福山藩主、幕府老中、文政9年6月20日没[日本]

1826年 7月24日 死去享年53歳

阿部正精 - ウィキペディアより引用
阿部 正精(あべ まさきよ、安永3年12月24日(1775年1月25日) - 文政9年6月20日(1826年7月24日))は、江戸時代後期の大名。
備後福山藩の第5代藩主。
江戸幕府の幕閣で老中を務めた。
阿部家宗家9代。
第4代藩主・阿部正倫の三男。
母は津軽信寧の娘。
正室は土浦藩主・土屋篤直の娘、継室は西条藩主・松平頼謙の娘。
子に正粹(長男)、正寧(三男)、正弘(五男)、娘(戸田忠温正室)、娘(井上正春正室のち松平忠侯継室)、娘(久世広周正室)。
官位は対馬守、備中守。
従四位下侍従。
生涯 先代藩主・阿部正倫の三男として江戸で生まれる。
享和3年(1803年)に正倫の隠居により30歳で家督を相続する。
襲封から半年も経たない文化元年(1804年)に奏者番に就任し、同年寺社奉行を兼任する。
その後、病を患い寺社奉行を辞任するが、文化7年(1810年)に再任される。
文化14年(1817年)、寛政の改革期から通算26年間にわたり幕閣内に残留する老中首座・松平信明が危篤に陥ったため、将軍徳川家斉は密かに幕閣改造を企てる。

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