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九戸政実

戦国武将[日本]

(天正19年9月20日没)

1591年 11月6日 死去斬首享年歳

九戸 政実(くのへ まさざね)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。
南部氏の家臣。
九戸城主。
九戸信仲の子。
生涯 九戸氏の勢力拡大 九戸氏は、南部氏始祖である南部光行が建久2年(1191年)に地頭職として陸奥国糠部郡に入部して以降、その六男・行連が九戸郡伊保内(岩手県九戸村)に入部して九戸氏を称したとされているが、別姓小笠原氏を名乗っていたとする資料もあり定かではない。
室町幕府からは南部宗家と同列の武将と見られていた。
関東衆・九平五郎とは政実の事を指すとされている。
政実は行連から数えて十一代目にあたるとされ、武将としての器量に優れており政実の代に勢力を大幅に広げた。
永禄12年(1569年)、南部晴政の要請により、安東愛季が侵略した鹿角郡の奪取などに協力し、その勢力を拡大している。
そして斯波氏の侵攻に際しても石川高信の支援を行い、講和に貢献した。
晴政・晴継の死と、信直との対立 南部氏二十四代・晴政には男子がなかったため、永禄8年(1565年)に石川高信の子(晴政にとり従兄弟)である信直を、長女の婿養子として三戸城に迎え世子とした。