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吉本隆明 氏(よしもとたかあき)

詩人評論家[日本]

2012年 3月16日 死去肺炎享年89歳

吉本隆明 - ウィキペディアより引用

吉本 隆明(よしもと たかあき、1924年〈大正13年〉11月25日 - 2012年〈平成24年〉3月16日)は、日本の詩人、評論家。
「隆明」を音読みして「りゅうめい」と読まれることも多い。
漫画家のハルノ宵子は長女。
作家の吉本ばななは次女。
米沢高等工業学校(現在の山形大学工学部)卒業。
東京工業大学電気化学科卒業。
学位は学士。
第二次世界大戦後、詩人として出発し、詩集『固有時との対話』(1952年)などを発表。
次いで『文学者の戦争責任』(1956年)、『転向論』(1958年)などで評論家の地位を確立した。
東京下町の生活と文化を思想の下地にして、多方面の時代の問題について積極的に批評を展開。
『高村光太郎』(1957年)、『共同幻想論』(1968年)、『ハイ・イメージ論』(1989年)など多数の著書があり、長きにわたって日本の論壇をリードした。

1960年代の新左翼運動でカリスマ的存在となるなど、戦後思想界に大きな影響を与えた詩人で評論家の吉本隆明(よしもと・たかあき)さんが16日未明、肺炎のため東京都文京区の病院で死去した。87歳だった。東京都出身。 幼少から文学に親しみ、1947年東京工大卒。会社勤めをするが、組合活動で退職。この間、詩を書き続け、詩集「転位のための十篇」で54年に「荒地」詩人賞を受賞した。  評論活動では、55年に文学者の戦争責任問題を提起。戦争中に転向した左翼文学者・知識人が、戦後再び左翼に戻ったことを厳しく批判するとともに、既成左翼を「擬制」として退けた。61年に雑誌「試行」創刊後、「言語にとって美とはなにか」「共同幻想論」などを発表してこうした立場を一層進め、70年代にかけての新左翼学生運動の精神的支柱といわれた。60年安保闘争に参加し、逮捕された経験もある。 国家は共同幻想だと主張した際、フロイトや柳田国男らの思想を踏まえつつも個性的解読を行ったように、独自の理論を構成していく手法が特徴的。転向をめぐる花田清輝との論争など、日本の知識人には珍しい“戦闘的”思想家でもあった。 80年代は「マス・イメージ論」などでサブカルチャーに目を向け、大衆の成熟という観点から高度消費社会の擁護に転換。ファッション誌のモデルに登場するなどして論議を呼んだ。96年、海水浴場でおぼれて入院した後は、リハビリや介護などの問題についても発言するようになった。 長女は漫画家のハルノ宵子さん。次女は作家のよしもとばななさん。

関連作品

吉本隆明さんが亡くなってから、12年と33日が経ちました。(4416日)