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副島種臣(そえじまたねおみ)

佐賀藩士政治家、伯爵[日本]

1905年 1月31日 死去享年78歳

副島種臣 - ウィキペディアより引用

副島 種臣(そえじま たねおみ、文政11年9月9日(1828年10月17日) - 明治38年(1905年)1月31日)は、日本の江戸時代末期(幕末)から明治時代の佐賀藩士、政治家、書家。
勲一等、伯爵。
初名は竜種(たつたね)。
通称は次郎(じろう)。
号に蒼海(そうかい)、一々学人(いちいちがくじん)。
生涯 文政11年(1828年)、佐賀藩士・枝吉南濠(忠左衛門、種彰、30石)の二男に生まれる。
父は藩校である弘道館の教授を努める国学者で、兄は同じく国学者の枝吉神陽。
母は木原宣審の娘・喜勢。
父と兄の影響により、早くから尊皇攘夷思想に目覚める。
弘道館で学び、この間に江藤新平や大木喬任と交わる。
嘉永3年(1850年)、兄・神陽が中心に結成した楠公義祭同盟に加わる。
嘉永5年(1852年)、京都に遊学、漢学・国学などを学ぶ。
この間に矢野玄道らと交わる。
さらに、神陽の命を受けて大原重徳に将軍廃止と天皇政権による統一を進言する意見書を提出して青蓮院宮朝彦親王から藩兵上洛を求められるが、藩主・鍋島直正に退けられた上、藩校での国学教諭を命じられた。

明治の元勲のひとり。書家として一級の作品を残している。プロフィール/作品の一端は、佐賀県立美術館「没後百年記念:蒼海 副島種臣展」http://www.saga-s.co.jp/pub/hodo/sokai/参照。 (引用元 Hatena Keyword)