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島津斉彬(しまづなりあきら)

薩摩藩主[日本]

(安政5年7月16日没)

1858年 8月24日 死去享年50歳

島津斉彬 - ウィキペディアより引用

島津 斉彬(しまづ なりあきら)は、江戸時代後期から幕末の外様大名で、薩摩藩の第11代藩主。
島津氏第28代当主。
薩摩藩の富国強兵に成功した幕末の名君の一人である。
西郷隆盛ら幕末に活躍する人材も育てた。
生涯 生い立ちとお由羅騒動 文化6年(1809年)3月14日、第10代藩主・島津斉興の長男として江戸薩摩藩邸で生まれる。
母・弥姫(周子)は「賢夫人」として知られた女性で、この時代には珍しく斉彬はじめ弥姫出生の3人の子供は乳母をつけず、弥姫自身の手で養育された。
また、曽祖父である第8代藩主・重豪の影響を受けて洋学に興味をもつ。
これが周囲の目に蘭癖と映ったことが皮肉にも薩摩藩を二分する抗争の原因の一つになったとされる。
斉彬が藩主に就任となれば、重豪のように公金を湯水のごとく費やし藩財政の困窮に一層の拍車をかけかねないと特に藩上層部に心配され、斉興は斉彬が40歳を過ぎてもまだ家督を譲らなかった。

幕末の鹿児島藩主。号は惟敬・麟洲、謚号を順聖院。斉興の子。藩政改革・富国強兵策を推進。反射炉や機械制工業を他藩にさきがけて経営し、それらを一括して集成館を設立した。また開国の意見を抱き軽輩より西郷隆盛・大久保利通等の英才を抜擢し、明治維新の先駆をなした。その卓越した識見は、松平春嶽より「英明近世の第一人者」と称された。安政5年(1858)歿、50才。 (引用元 コトバンク)