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咸豊帝

清朝第9代皇帝、咸豊11年7月17日没[清]

1861年 8月22日 死去結核享年歳

咸豊帝 - ウィキペディアより引用
咸豊帝(かんぽうてい)は清の第9代皇帝(在位:1850年 - 1861年)。
諱は奕詝(えきちょ、詝は貯の偏をごんべんに変えたもの)。
廟号は文宗(ぶんそう)。
在世時の元号の咸豊を取って咸豊帝と呼ばれる。
生涯 道光帝の第4子として生まれる。
母は孝全成皇后で惇親王奕誴、恭親王奕訢、醇親王奕譞の兄。
10才に母を喪い、庶母で奕訢の実母孝静成皇后に養育された。
道光帝の生前、年齢、実力ともに弟と大差なかったが、道光帝は第4子の奕詝の方が優しさがあるとして後継者に定められた。
即位後の道光30年12月10日(グレゴリオ暦では既に年が明けた1851年1月11日)に太平天国の乱が勃発し、平行して咸豊8年(1858年)にはアロー戦争(第二次アヘン戦争)に敗北し、天津条約を結ばされた。
この条約により北京への使臣常駐、キリスト教布教の公認、アヘン輸入の公認などを認めさせられる事になった。
これにロシアも乗じてアイグン条約を結ばされた。
咸豊10年(1860年)、この条約にも満足しなかった英仏連合軍は更に清軍を挑発する事で戦火を開き、北京にまで攻め上った。
題名
道光帝・咸豊帝―帝国の内憂外患 (清末歴代皇帝実録)
著者
張玉田
発売元
東方書店
発売日
1995-07
新品価格
より
中古商品
¥ 999 より

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