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植村家政(うえむらいえまさ)

旗本、大和高取藩主[日本]

(慶安3年閏10月23日没)

1650年 12月16日 死去享年62歳

植村 家政(うえむら いえまさ)は、江戸時代初期の旗本。
のちに大和高取藩の初代藩主。
天正17年(1589年)、徳川氏の家臣・植村家次の長男として生まれる。
慶長4年(1599年)10月19日、家督を継いで500石の旗本となり、徳川秀忠付の小姓に任じられた。
慶長13年(1608年)、御徒頭に任じられ、従五位下、志摩守に叙位・任官される。
慶長19年(1614年)からの大坂の陣では徳川方の斥候を務め、戦後にその功績で1,000石を加増され、出羽守に遷任された。
寛永2年(1625年)、第3代将軍・徳川家光付となり、大番頭に任じられ、3,500石の加増を受ける。
寛永10年(1633年)4月には4,000石を加増されて9,000石の旗本となる。
寛永17年(1640年)10月19日、1万6,000石を加増されて2万5,000石の大名となって諸侯に列し、大和高取藩の初代藩主となった。
慶安3年(1650年)閏10月23日に死去した。
享年62。
跡を三男の家貞が継いだ。
関連項目 高取城。

うえむら-いえまさ 1589-1650江戸時代前期の大名。天正(てんしょう)17年生まれ。植村家次の子。慶長4年11歳のとき徳川秀忠付きの小姓としてつかえ,大坂冬・夏の陣では斥候をつとめる。寛永2年徳川家光につかえ大番頭(おおばんがしら)。17年大和(奈良県)高取藩主植村家初代となり,2万5000石をあたえられた。慶安3年閏(うるう)10月23日死去。62歳。通称は幸千代,新六郎。 (引用元 コトバンク)

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