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沼田鈴子 氏

広島被爆体験の語り部[日本]

2011年 7月12日 死去享年87歳

沼田鈴子 - ウィキペディアより引用

沼田 鈴子さん(ぬまた・すずこ)12日午前9時25分、広島市東区の病院で死去、87歳。大阪市出身。自宅は広島市南区宇品御幸1の15の7の老人ホームハーモニーみゆき。葬儀は14日午前10時から同市南区大州5の3の22の平安祭典広島東会館で。喪主は弟正治(まさはる)氏。 爆心地から約1.3キロ離れた勤務先の旧広島逓信局で被爆し、左脚を切断した。婚約者も戦死。焼け焦げながらも芽を出した「被爆アオギリ」を見て勇気づけられた体験から、高校教諭をした後、平和記念公園に移された被爆アオギリのそばで修学旅行生らに自らの体験を語ってきた。(2011/07/12-18:28)

ヒロシマの語り部。元教師。 1923年、生まれ。2011年7月12日、死去。87歳だった。 大阪府出身。 爆心北東、約1.3キロメートルの勤務先だった旧広島逓信局で被爆した。がれきの下敷きになり左足を切断。 戦後は広島市で高校の家庭科教師になった。 1980年代、「10フィート運動」で返還された米調査団のフィルムに被爆直後の自らの姿が写っていたことがきっかけになり、被爆証言活動を始めた。 1894年に被爆証言者の集い「ヒロシマを語る会」の結成に参加。(2001年解散)。 広島の原爆で焼け焦げながら芽を出したアオギリの木に励まされて被爆体験を語り続け、「アオギリの語り部」として親しまれた。 (引用元 Hatena Keyword)

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