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原敬(はらたかし)

政治家、内閣総理大臣[日本]

1921年 11月4日 死去刺殺享年66歳

原敬 - ウィキペディアより引用
原 敬(はら たかし、安政3年2月9日(1856年3月15日) - 大正10年(1921年)11月4日)は、日本の外交官、政治家。
位階勲等は正二位大勲位。
幼名は健次郎。
号は一山、逸山。
外務次官、大阪毎日新聞社社長、立憲政友会幹事長、逓信大臣(第11・16代)、衆議院議員、内務大臣(第25・27・29代)、立憲政友会総裁(第3代)、内閣総理大臣(第19代)、司法大臣(第22代)などを歴任した。
郵便報知新聞記者を経て外務省に入省。
後に農商務省に移って陸奥宗光や井上馨からの信頼を得た。
陸奥外務大臣時代には外務官僚として重用されたが、陸奥の死後退官。
その後、発足時から政友倶楽部に参加して政界に進出。
大正7年(1918年)に総理大臣に就任。
爵位の受け取りを固辞し続けたため「平民宰相」と渾名された。
大正10年(1921年)11月4日、東京駅丸の内南口コンコースにて、大塚駅の駅員であった右翼青年・中岡艮一に襲撃され、刺殺された。
満65歳没。
墓所は盛岡市の大慈寺。
有職読みの「はら けい」が用いられるケースもある(原敬記念館、原敬日記など)。