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森井忠良 氏

政治家、社会党、元厚相、元衆議院議員[日本]

2011年 4月23日 死去肺炎享年81歳

広島県呉市生まれ。
1953年早稲田大学法学部を卒業、日本電信電話公社入社。

全電通呉分会委員長、呉市議、広島県議を経て、1972年12月衆議院議員総選挙広島県第2区 (中選挙区)に日本社会党から出馬し初当選。
旧広島2区は谷川和穂、池田行彦、中川秀直ら、有力政治家がひしめく全国有数の激戦区だったが以後当選7回。

1986年7月衆参同日選で落選。
1990年2月衆院選に返り咲き当選を果たし社会党も善戦した。

1993年念願の政権交代が実現。

1994年4月、細川内閣が退陣し羽田内閣が成立するも、村山富市委員長たち日本社会党 社会党執行部による連立与党から離脱表明に反発。

1994年6月、社会党は、自由民主党 (日本) 自民党、新党さきがけとの政権協議で村山首班などで合意し、自社さ政権の村山富市内閣が発足。
社会党が自民党と連立政権を組んだことが長年対立してきた自民党の政権復帰を手助けした事になると後悔した社会党議員たちの中に森井がいた。
一方、党役員人事で建設大臣になった野坂浩賢前国対委員長の後任として党国会対策委員長に就任。

森井 忠良氏(もりい・ちゅうりょう=元厚相、元社会党衆院議員)23日午後2時43分、肺炎のため広島県呉市の病院で死去、81歳。広島県出身。自宅は呉市吉浦岩神町7の36。葬儀は26日正午から同市吉浦中町2の8の30の誓光寺で。喪主は長男望(のぞむ)氏。 72年の衆院選に旧広島2区から出馬し初当選した。当選7回。95年8月発足の村山改造内閣で厚相を務めた。(2011/04/24-18:10)

政治家、元衆議院議員、元厚生大臣。 1929年7月25日、生まれ。2011年4月23日、死去。 1972年、旧広島2区で旧日本社会党から衆議院議員に初当選し、1996年に落選するまで7期。村山富市改造内閣で厚生大臣を務めた。 社会党原爆被爆者対策特別委員長などを務め、被爆者援護法の制定に尽力した。 (引用元 Hatena Keyword)