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小松帯刀(こまつたてわき)

薩摩藩士、家老[日本]

(諱・清廉、明治3年7月20日没)

1870年 8月16日 死去享年36歳

小松帯刀 - ウィキペディアより引用

小松 清廉(こまつ きよかど、天保6年10月14日(1835年12月3日) - 明治3年7月20日(1870年8月16日))は、日本の武士、政治家。
位階勲等は贈従四位玄蕃頭。
通称は尚五郎(なおごろう)のちに帯刀(たてわき)。
前名は肝付兼戈。
維新の十傑の1人。
生涯 天保6年(1835年)10月14日、薩摩国鹿児島城下山下町の喜入屋敷にて喜入領主・肝付兼善(5,500石)の三男として生まれたとされるが、系図によれば兼善の四男である。
母は島津久貫(又左衛門)の娘である。
父母は次兄・要之介を寵愛しており、乳母も短慮な性格であったため、両親の愛情に恵まれず育ったという。
13、4歳ごろから学問の才覚を発揮し、漢学者・横山安容の下で儒学を修めるが、体質的に虚弱であったことと昼夜を問わない勉学が災いして17歳を数える頃から病に伏せがちの生活を送るようになった。
しかし、勉学に対する向上心は衰えることなく、湯治に出向いた先でも地域や身分の異なる様々な人々から知識や考えを吸収していったという。

本名、小松清廉。薩摩藩士。1835〜1870年。 土佐藩との薩土同盟を結ぶなど外交交渉に手腕を発揮、維新後は新政府で参与と総裁局顧問の公職を兼務した。 (引用元 Hatena Keyword)