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南田洋子 氏(みなみだようこ)

女優[日本]

2009年 10月21日 死去くも膜下出血享年77歳

南田洋子 - ウィキペディアより引用

南田 洋子(みなみだ ようこ、本名:加藤 洋子、旧姓:北田、1933年(昭和8年)3月1日 - 2009年(平成21年)10月21日)は、日本の女優。
東京市芝区(現東京都港区)三田出身。
文化学院文学科卒業。
身長155cm。
夫は長門裕之。
義弟に津川雅彦、義妹に朝丘雪路、夫の姪に真由子、従兄弟の娘に山田よう子、甥に北田陽一郎。
人物・略歴 東京市芝区三田に米穀商の娘として生まれる。
母親は日本舞踊の師匠をしていた。
終戦後、茨城県土浦市に移り、1951年(昭和26年)、茨城県土浦第一高等女学校(現:つくば国際大学高等学校)を卒業後、単身上京し、文化学院の文学科に入学。
伯父の家に下宿して知人の紹介で水谷八重子に弟子入りする。
文化学院卒業後、大映ニューフェイスとして入社。
同期に若尾文子がいた。
翌1952年(昭和27年)の『美女と盗賊』で映画デビュー。
1953年、若尾文子と共演した『十代の性典』が大ヒット。
その後シリーズ化され、「性典スター」と呼ばれた。
1955年(昭和30年)、大映から日活に移籍。
若尾の進言により、芥川賞を受賞した話題作『太陽の季節』が映画化されて長門裕之とともに主演。

【みなみだようこ】 女優。東京都生れ。本名加藤洋子,旧姓北田。文化学院文学科卒業。1951年に大映にニューフェースとして入り,翌1952年に映画《美女と盗賊》でデビュー。1953年には同期の若尾文子と共演した《十代の性典》で売春する女子高生を演じて注目を集めた。1955年に日活(現,にっかつ)に移籍。1956年には自ら映画化を進言した《太陽の季節》で長門裕之と主役を演じ,二人は日活の看板スターとなった。1961年に長門と結婚。この後,〈おしどり夫婦〉として知られた。映画だけでなくテレビ出演も多く,音楽番組《ミュージックフェア》では1965年から1981年まで長門と二人で司会を務めた。1998年に出版された《介護のあのとき》は,長門の父である俳優の沢村国太郎を介護した際の経験を綴ったもの。晩年は認知症の症状が出始め,2006年に芸能活動を休止。2009年5月には介護を行った長門の著書《待ってくれ,洋子》が出版され話題となったが,同年10月に死去した。 (引用元 コトバンク)