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赤木圭一郎 氏(あかぎけいいちろう)

俳優[日本]

1961年 2月21日 死去撮影中の事故享年23歳

赤木 圭一郎(あかぎ けいいちろう、1939年〈昭和14年〉5月8日 - 1961年〈昭和36年〉2月21日)は、日本の映画俳優。
本名、赤塚 親弘(あかつか ちかひろ)。
通称、トニー。
生い立ち 東京府麻布区麻布笄町(現在の東京都港区西麻布4丁目)で開業医の家庭に生まれ、後に神奈川県鎌倉市へ疎開。
1948年(昭和23年)4月、藤沢市鵠沼に転居する。
栄光学園中学校から藤沢市立鵠沼中学校を経て神奈川県立鎌倉高等学校卒業後、成城大学に入学した(在学中に他界)。
映画界入り 1958年(昭和33年)、日活第4期ニューフェイスとして日活へ入社。
石原裕次郎主演の『紅の翼』に本名の「赤塚親弘」名義で群衆の一人としてエキストラ出演し、これが映画デビュー作となった。
その西洋的風貌や退廃的な雰囲気がこれまでの日本人俳優にはない個性として評判を呼び、「トニー」の愛称で主人公の弟分や準主役級として出演するようになった。

石原裕次郎・小林旭らと共に、日活の黄金時代を支えていた伝説的俳優。 アメリカの俳優、トニー・カーティスに似ていることから 「トニー」の愛称で親しまれていた。 また、和製ジェームス・ディーンと称されることも。 1939年生まれ。東京都出身。 商船大学を志望していたものの、受験に失敗。 成城大学へ進学後、日活映画のプロデューサーにスカウトされて、 第4期ニューフェイスとして日活に入社。 太陽の申し子のようにハツラツとしたキャラクターの石原裕次郎とは好対照に、 どこか憂いを感じさせるナイーブなキャラクターが、多くの人々を魅了する。 1961年の2月14日、日活の撮影所内でゴーカートの事故を起こし、 1週間後の2月21日に死去。享年21歳。 亡くなってから40年以上もの歳月がたつが、 デビュー当時からの根強いファンのみならず、 彼が亡くなってから生まれたような若い世代にもファンは多い。 (引用元 Hatena Keyword)