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下山定則(しもやまさだのり)

初代国鉄総裁[日本]

1949年 7月6日 死去轢死享年49歳

下山定則 - ウィキペディアより引用

下山 定則(しもやま さだのり、明治34年(1901年)7月23日 - 昭和24年(1949年)7月6日、死亡日時は不詳)は、日本の鉄道官僚。
運輸次官、日本国有鉄道総裁(初代)などを歴任した。
来歴・人物 兵庫県出身。
司法官の父に従い少年時代は転校を繰り返していた。
転校するたびにその都市の主要駅の時刻表を暗記して人気者になっていたという。
静岡中学、津中学、三高卒業。
三高時代には稚内から鹿児島まで駅名を暗唱して友人から「鉄道」というあだ名をつけられた。
1925年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業した後は鉄道省に入り、企画院技師、技術院第4部長、鉄道総局業務局長補佐(1945年1月-)。
後に新幹線プロジェクトのリーダーとなる島秀雄とは学生時代からの親友。
鉄道省でも運輸畑と技術畑を繋ぐ役割をしていた。
1936年から翌年まで島とともにヨーロッパから南アフリカ、南米、北米を視察している。
国鉄総裁へ 第二次世界大戦後の連合国による占領下では、名古屋鉄道局長(1945年9月-)、東京鉄道局長(1946年3月-)を歴任。

国鉄初代総裁。鉄道官僚。1901年7月23日生まれ、神戸市出身。1949年6月1日、日本国有鉄道の発足に伴い運輸次官*1から国鉄総裁に就任した。 (引用元 Hatena Keyword)

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