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オットー・フォン・ビスマルクOtto Eduard Leopold Fürst von Bismarck-Schönhausen

プロイセンの宰相、ドイツ帝国初代宰相[ドイツ]

1898年 7月30日 死去享年84歳

オットー・フォン・ビスマルク - ウィキペディアより引用
オットー・エドゥアルト・レオポルト・フュルスト(侯爵)・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン(独: Otto Eduard Leopold Fürst von Bismarck-Schönhausen, 1815年4月1日 - 1898年7月30日)は、プロイセン及びドイツの政治家、貴族。
プロイセン王国首相(在職1862年-1890年)、北ドイツ連邦首相(在職1867年-1871年)、ドイツ帝国首相(在職1871年-1890年)を歴任した。
ドイツ統一の中心人物であり、「鉄血宰相(独: Eiserner Kanzler)」の異名を取る。
プロイセン東部の地主貴族ユンカーの出身。
代議士・外交官を経て、1862年にプロイセン国王ヴィルヘルム1世からプロイセン首相に任命され、軍制改革を断行してドイツ統一戦争に乗り出した。
1867年の普墺戦争の勝利で北ドイツ連邦を樹立し、ついで1871年の普仏戦争の勝利で南ドイツ諸国も取り込んだドイツ帝国を樹立した。
プロイセン首相に加えてドイツ帝国首相も兼務し、1890年に失脚するまで強力にドイツを指導した。