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与謝野馨 氏(よさのかおる)

政治家[日本]

2017年 5月21日 死去享年80歳

与謝野馨 - ウィキペディアより引用

與謝野 馨(よさの かおる、1938年(昭和13年)8月22日 - )は、日本の政治家。
勲等は旭日大綬章。
学校法人文化学院院長・理事。
報道や政治活動においては新字体で与謝野 馨(よさの かおる)と表記されることが多い。
衆議院議員(10期)、衆議院議院運営委員長(第50代)、文部大臣(第117代)、通商産業大臣(第63代)、自由民主党政務調査会長(第46代)、内閣府特命担当大臣(金融、経済財政政策、規制改革担当)、内閣官房長官(第74代)、拉致問題担当大臣、財務大臣(第11代)などを歴任した。
来歴・人物 生い立ち 東京府東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に与謝野秀・与謝野道子の長男として生まれる。
父・秀(しげる)は歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻の二男で外交官(戦前は外務省情報部長、調査局長などを経て在外公館勤務)。
生後すぐに父が中国・北京に赴任したため、馨も0歳にして北京に移る。
日本に帰国した4歳の頃、祖母・晶子が死去している(祖父・鉄幹は馨が生まれる3年前に死去しており、会ったことはない、また祖母・晶子との思い出も殆どなく、祖父母は身内ではなく、教科書に載っている歴史上の人物であるような気がすると自身の著書で著している)。

よさの-かおる 1938-昭和後期-平成時代の政治家。昭和13年8月22日生まれ。与謝野鉄幹・晶子の孫。日本原子力発電勤務後,中曾根康弘の秘書などをつとめ,昭和51年衆議院議員に初当選(当選10回,自民党)。通産政務次官などをへて,平成6年村山内閣の文相として初入閣。通産相,党政務調査会長,党税制調査会長,内閣官房長官などを歴任。20年福田改造内閣では経済財政政策担当・規制改革担当国務相,同年麻生内閣でも国務相に再任された。21年中川昭一の大臣辞任により財務担当を兼務した。政策通,財政再建論者として知られる。22年自民党を離党,「たちあがれ日本」を結党して共同代表。23年「たちあがれ日本」を離党し,菅第2次改造内閣の内閣府特命担当相(経済財政政策,少子化対策,男女共同参画),社会保障・税一体改革担当相に就任。24年引退。東京都出身。東大卒。 (引用元 コトバンク)