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佐多稲子 氏(さたいねこ)

作家[日本]

1998年 10月12日 死去敗血症享年95歳

佐多稲子 - ウィキペディアより引用

佐多 稲子 - 窪川 稲子(さた いねこ - くぼかわ いねこ、1904年(明治37年)6月1日 - 1998年(平成10年)10月12日 本名:佐多イネ)は、日本の小説家である。
生涯 長崎市に生まれる。
出生当時、両親はいずれも学生で十代だったため、戸籍上は複雑な経過をたどっていた。
母親を結核で亡くし、小学校修了前に一家で上京、稲子は神田のキャラメル工場に勤務する。
このときの経験がのちに『キャラメル工場から』という作品にまとめられ、彼女の出世作となる。
上野不忍池の料理屋「清凌亭」の女中になり、芥川龍之介や菊池寛など著名な作家たちと知り合いになる。
その後丸善の店員になり、資産家の息子である慶應大学の学生と結婚するが、夫の親に反対され、二人で自殺を図る。
未遂で終わったがその後離婚し、夫との子を生んで一人で育てる。
最初の結婚に失敗したあと、東京本郷のカフェーにつとめ、雑誌『驢馬』同人の、中野重治・堀辰雄たちと知り合い、創作活動をはじめる。
1926年、『驢馬』同人の1人で貯金局に勤めていた窪川鶴次郎と結婚する。

さたいねこ [生]1904.6.1.長崎[没]1998.10.12.東京小説家。本名,佐田イネ。18歳の中学生と15歳の女学生の恋愛の結果として生まれ,母の死後上京(1915),父の失職などの事情で小学校5年からキャラメル工場に勤め,以後,中華そば屋,料亭,メリヤス工場などを転々とした。結婚に失敗し,女給として働くうち,中野重治,堀辰雄,窪川鶴次郎ら『驢馬』同人と知り合い,文学への目を開かれた。窪川と結婚後はプロレタリア文学運動に参加し,『キャラメル工場から』(1928)をはじめ,生活体験に基づく,きめの細かい清新な作品を相次いで発表。その後日本共産党への入党,窪川との離婚,党からの除名などを通じ,次第に作家として成長。代表作『くれなゐ』(1936),『私の東京地図』(1946~48),日本共産党の内部抗争に取材した『渓流』(1963)など。『夏の栞』(1983)は中野重治への美しい鎮魂歌で,毎日芸術賞を受賞した。『佐多稲子作品集』(15巻,1958~59)がある。 (引用元 コトバンク)