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林芙美子 氏(はやしふみこ)

作家[日本]

1951年 6月28日 死去心臓麻痺享年49歳

林芙美子 - ウィキペディアより引用

林 芙美子(はやし ふみこ、1903年(明治36年)12月31日 - 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。
物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。
「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。
しかし、戦後の六年間はちがいました。
それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
生涯 当人は、生まれは下関と言い、生年は明治37年、誕生日は5月5日などとも書いて語っていたが、没後20年余り経って、誕生の地は門司市小森江(現、北九州市門司区)との説が発表された。

はやしふみこ [生]1903.12.31.下関[没]1951.6.29.東京小説家。本名,フミコ。不遇な少女時代を経て,1922年尾道高等女学校を卒業し,愛人を頼って上京。銭湯の下足番などさまざまな職業を転々としながら文学を志し,詩集『蒼馬を見たり』(1929)をまとめた。小説『放浪記』がベストセラーとなり,続く『清貧の書』(31)で作家としての地位を確立。清純で強い詩的感受性に貫かれ,生活の重圧を明るい自我ではねかえす庶民的生命力にあふれた『風琴と魚の町』(31)や『牡蠣(かき)』(35)で「市井もの」の新しい領域を開き,第2次世界大戦後も『晩菊』(48),『浮雲』(49~51),未完の絶筆『めし』(51)などの名作を残した。 (引用元 コトバンク)