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徳冨蘆花(とくとみろか)

作家[日本]

1927年 9月18日 死去狭心症享年60歳

徳冨蘆花 - ウィキペディアより引用
『徳富蘆花』より : 徳冨 蘆花(とくとみ ろか、1868年12月8日(明治元年10月25日) - 1927年(昭和2年)9月18日)は、日本の小説家。
「徳冨」の表記にこだわり、各種の文学事典、文学館、記念公園などは「冨」の字を採用している。
本名は徳富健次郎(とくとみ けんじろう)。
号の由来は、自ら述べた「『蘆の花は見所とてもなく』と清少納言は書きぬ。
然もその見所なきを余は却って愛するなり」からきている。
生涯 横井小楠門下の俊英であった父・徳富一敬の次男として肥後国葦北郡水俣村に生まれる。
熊本バンドの1人として同志社英学校に学びキリスト教の影響を受け、トルストイに傾倒する。
後年、夫人とともに外遊の際、トルストイの住む村を訪れ、トルストイと会見した。
そのときの記録『順礼紀行』は、オスマン帝国治下のエルサレム訪問記も含めて、貴重な記録となっている。
兄で思想家・ジャーナリストの徳富蘇峰の下での下積みの後、自然詩人として出発し、小説『不如帰』はベストセラーになった。
また、随筆『自然と人生』はその文章が賞賛され、一気に人気作家となった。