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岡田信一郎(おかだしんいちろう)

建築家[日本]

1932年 4月4日 死去享年50歳

岡田信一郎 - ウィキペディアより引用
岡田 信一郎(おかだ しんいちろう、1883年(明治16年)11月20日 - 1932年(昭和7年)4月4日)は、大正・昭和初期に活躍した建築家である。
東京生まれ。
東京高等師範学校附属中学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学卒業。
東京美術学校(現・東京芸術大学)と早稲田大学で教壇に立ち、後進の指導に当たった。
和洋のデザインを問わず、歴史的な様式に従った建築を鉄筋コンクリートで建てることに定評があり、「様式の天才」と呼ばれた。
設計作品として、歌舞伎座、鳩山邸、明治生命館などがあり、関東大震災で倒壊したニコライ堂の鐘楼とドーム部分の再建も行っている。
1883年(明治16年)出生、父は陸軍薬剤官の岡田謙吉 1900年 - 高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業 1903年 - 旧制第一高等学校卒業、東京帝国大学工科大学へ入学 1906年 - 大学卒業、恩賜の銀時計を賜る 1907年 - 東京美術学校講師 1911年 - 早稲田大学講師(翌年教授) 1912年 - 大阪市中央公会堂の指名設計競技に参加、1等当選 1923年(大正12年) - 東京美術学校教授 1932年 - 逝去 主な作品 小松宮彰仁親王銅像台座(1912年):上野公園にある大熊氏広制作の銅像の台座部分。

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