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シャルル10世Charles X

フランス国王[フランス]

1836年 11月6日 死去コレラ享年80歳

シャルル10世 - ウィキペディアより引用

『シャルル10世 (フランス王)』より : シャルル10世(フランス語: Charles X、1757年10月9日 - 1836年11月6日)は、復古王政のブルボン朝最後のフランス国王(在位:1824年9月16日 - 1830年8月2日)である。
ナバラ国王としてはカルロス5世(バスク語: Karlos V.a)。
即位以前にはアルトワ伯爵(comtes d'Artois, コント・ダルトワ)の称号で呼ばれる。
フランス革命勃発後、すぐにロンドンに亡命して国内外の反革命を指導し、復古王政でも極端な反動政治を敷いて七月革命を引き起こした。
生涯 兄王ルイ16世やプロヴァンス伯爵(ルイ18世)とは不仲であったが、シャルル=フィリップは兄弟のなかで最も享楽的かつ活動的な性格で、小太りの兄達とは違ってハンサムでスポーツマンでもあり、若い頃は王妃マリー・アントワネットの遊び仲間の一人で、スキャンダルのネタともなった。

シャルルじっせいCharlesX [生]1757.10.9.ベルサイユ[没]1836.11.6.ゴリツィアフランス王(在位1824~30)。ルイ15世の孫でルイ16世,同18世の弟にあたり,当初アルトア伯として知られる。バスティーユ陥落の直後亡命し,トリノから反革命運動に参加。次いで1814年までドイツ,イギリスに滞在し,王政復古が成るや兄のルイ18世から国王代理官に指名され,ユルトラ(極右王党派)の指導者として活躍。兄の死後フランス王となり(24),25年ランスでアンシアン・レジーム期の儀式にのっとって戴冠式を挙行,フランス革命期に所有地を政府に没収された亡命貴族を補償するための「十億フラン法」の制定,議会に対する強力な反動的てこ入れなどを行なった。このため各地で自由主義運動が広がり,パリではL.ティエール,F.ミニェらが『ナショナル』紙を発行し,学生,小市民層の共和派と自由主義の結集に力を注いだ。このような情勢に議会は解散したが,新選挙は反政府派の勝利となり,国王はこれに対して出版の自由を停止し,選挙法改正をおもな内容とする「七月勅令」を発布した。これを契機に七月革命が起り(30),シャルルは孫のボルドー公に位を譲りイギリスに亡命。 (引用元 コトバンク)