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橋本真也 氏(はしもとしんや)

プロレスラー[日本]

2005年 7月11日 死去脳幹出血享年41歳

橋本真也 - ウィキペディアより引用

橋本 真也(はしもと しんや、1965年(昭和40年)7月3日 - 2005年(平成17年)7月11日)は、日本のプロレスラー。
俳優、声優としても活動。
闘魂三銃士の1人。
岐阜県土岐市出身。
新日本プロレス入団 中学時代に父が失踪し、母子家庭で育つが高校(中京商業高等学校)時代に母を亡くした。
学生時代に柔道を始め、アントニオ猪木に憧れるようになり、1984年(昭和59年)4月に新日本プロレス(以下「新日本」)に入門。
入門初日に後のライバル、蝶野正洋と洗濯機の順番を巡って乱闘を起こした(その頃はお互い打ち解けていない間柄だったので「僕が先に使っていた」「いや君の前に僕が使っていた」という口調で争っていたと著書に記されている)。
1984年(昭和59年)9月1日に後藤達俊戦でデビューした。
1987年(昭和62年)、第3回ヤングライオン杯での準優勝後に海外修行に出た。
カナダのカルガリー地区を中心にモンゴル人ギミックの『ハシフ・カーン(Hashif Khan)』のリングネームで試合を行ったが、対戦相手を負傷させたりしたために試合を干されることもあった。

プロレスラー。通称「破壊王」。 1965年7月3日生まれ、岐阜県土岐市出身。 1984年4月に新日本プロレス入門、同年9月1日後藤達俊戦でデビュー。 同期の蝶野正洋・武藤敬司とともに「闘魂三銃士」と呼ばれた。 2000年4月7日の東京ドームにおける小川直也戦に敗れて引退したが、ファンの復帰嘆願を受けて同年8月23日に引退撤回。 しかし藤波辰爾との復帰戦後、独自に他団体との交流戦実現に向けて動いたことを発端に11月13日付で新日プロを解雇。 自ら独立することを宣言し、新団体「ZERO-ONE」を設立した。 旗揚げ前の公約通りこの年の年末に「プロレスリングNOAH」のリングに上がり、大森隆男と一騎討ちし勝利。 年明けにはタッグ戦ながら三沢光晴と初対戦。この後に主流となる団体交流戦の足がかりを作るも、 熱望された三沢・小橋・秋山らとのシングルマッチは実現せず。 その後全日本プロレスにも乗り込み、三冠ヘビー級王座も獲得。 2004年より始まった「ハッスル」では「ハッスル・キング」を演じた。 2004年11月、経営不振により「ZERO-ONE」が崩壊。 負傷していた右肩にメスを入れ、フリーでの復活を目指しリハビリ中であったが、 2005年7月11日午前、友人宅で倒れ、病院に搬送されたが脳幹出血により急逝。享年40歳。 (引用元 Hatena Keyword)