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ハインリヒ・ハラー 氏Heinrich Harrer

登山家[オーストリア]

2006年 1月7日 死去享年95歳

ハインリヒ・ハラー - ウィキペディアより引用

『ハインリッヒ・ハラー』より : ハインリヒ・ハラー(Heinrich Harrer, 1912年7月6日 - 2006年1月7日)は、オーストリアの登山家、写真家。
幼少のダライ・ラマ14世と交流を持つ数少ない人物であった。
1912年7月6日、オーストリア・ハンガリー帝国のケルンテンにて生を受けた。
東隣のシュタイアーマルク州にあるグラーツ大学にて地理学を専攻し、1938年にフリッツ・カスパレクおよびドイツ人隊のメンバーと共にアイガー北壁の初登頂に成功。
この功績によりドイツのナンガ・パルバット遠征隊(隊長ペーター・アウフシュナイター de:Peter Aufschnaiter)への参加が認められヒマラヤへと赴く事となった。
1939年、ナンガ・パルバットの新しい登頂ルートを見つけた遠征隊は、イギリス領インド帝国(現在のパキスタン)のカラチでヨーロッパへの帰還のために船を待っていた。
しかし第二次世界大戦の勃発で、敵対国の国民として拘禁される事となりムンバイの抑留所で抑留された。
その後、ヒマラヤに近いデラドゥンに移されたハラーは、そこで脱走に成功しネラン、ツァンチョクラ峠を越え、チベットへ逃れる。

Heinrich Harrer オーストリアの探検家・登山家。 ヒマラヤ登山中に第二次世界大戦が勃発したために イギリス軍に捕虜収容所に入れられるがチベットに脱出。 ダライ・ラマ14世の家庭教師に就く。 彼の探検と当時のチベットの様子を書いた著書『チベットの七年』("Sieben Jahre in Tibet")はジャン=ジャック・アノー監督の映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997)の原作となった。 (引用元 Hatena Keyword)

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