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大正天皇(たいしょうてんのう)

第123代天皇[日本]

1926年 12月25日 死去心臓麻痺享年48歳

大正天皇 - ウィキペディアより引用

大正天皇(たいしょうてんのう、1879年(明治12年)8月31日 - 1926年(大正15年)12月25日)は、日本の第123代天皇。
諱は嘉仁(よしひと)。
幼少時の御称号は明宮(はるのみや)。
お印は壽(じゅ)。
明治以降で初の一夫一妻制を採った天皇。
生涯 誕生 1879年(明治12年)8月31日午前8時20分、明治天皇の第三皇子として東京の青山御所で誕生した。
生母は典侍・柳原愛子である。
明宮嘉仁(はるのみや・よしひと)と命名された。
生来健康に恵まれず、生まれてから年が明けるまで重い病気を患った。
侍医(主治医)の浅田宗伯(漢方医)は「御分娩あらせられた時に湿疹を認めた」(後に消失)とのちに記録している。
このような状態ではあったが、明治天皇と皇后・一条美子との間には皇子女がおらず、また、側室出生の親王・内親王ら4人も、第三皇子である明宮の出生以前に相次いで薨去していたこともあり皇太子となった。

第百二十三代天皇。明治天皇の第三皇子。母は柳原愛子。幼名は明宮。名は嘉仁。佐々木高行・曽我祐準らの教育を受け、また本居豊穎・川島毅から国書・漢書を学ぶ。九条道孝の四女節子(貞明皇后)と結婚、裕仁親王・雍仁親王・宣仁親王・崇仁親王の四皇子を得た。文学を好み和歌・漢詩を能くした。即位後は健康がすぐれず、専ら療養生活を送り、皇太子裕仁親王が摂政の任についた。在位14年4ヶ月で大正15年(1926)崩御、48才。 (引用元 コトバンク)