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山本健吉 氏(やまもとけんきち)

文芸評論家[日本]

1988年 5月7日 死去享年82歳

山本健吉 - ウィキペディアより引用

山本 健吉(やまもと けんきち、1907年(明治40年)4月26日 - 1988年(昭和63年)5月7日)は、文芸評論家。
本名は石橋貞吉。
文芸評論家石橋忍月の三男。
最初の妻は俳人の石橋秀野。
なお秀野の妹は漫画家の清水崑の妻である歌人の清水恒子。
来歴・人物 石橋忍月の三男として、長崎市に生まれる。
旧制長崎中学、慶應義塾大学国文科卒業。
折口信夫に師事した。
日本の古典詩歌に詳しく、古典作品と現代文学との関係の究明に力を注いだ。
また、ながく文芸時評もつとめ、現代文学に関する著作も多い。
「第三の新人」という用語を最初に用いた人物でもある。
1929年、藪秀野(のち俳人石橋秀野)と結婚。
このころ二人とも当時、非合法下の日本共産党に入党。
1932年、特高警察に一か月近く拘留される。
1933年、改造社に入社し、1934年創刊の総合俳誌「俳句研究」に携わり現代俳句への造詣を深める。
1939年8月、「俳句研究」の座談会「新しい俳句の課題」で人間探求派なる用語が生まれた。
司会、山本健吉、参加者、中村草田男、加藤楸邨、石田波郷、篠原梵。

やまもとけんきち [生]1907.4.26.長崎[没]1988.5.7.東京評論家。本名,石橋貞吉。父は石橋忍月。1931年慶應義塾大学国文科卒業。雑誌『俳句研究』の編集を機に俳句批評に手を染め,芭蕉俳諧の立場から独自の批評的世界を樹立した。39年,吉田健一,中村光夫らと評論誌『批評』を創刊。主著『私小説作家論』(1943),『純粋俳句』(52),『古典と現代文学』(55),『柿本人麻呂覚書』(58~61),『正宗白鳥』(75)。72年日本文芸家協会理事長。66年日本芸術院賞受賞。69年芸術院会員。83年文化勲章受章。 (引用元 コトバンク)