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岩畔豪雄 氏(いわくろひでお)

陸軍少将、陸軍中野学校設立者[日本]
1970年 11月22日 死去享年74歳
岩畔豪雄 - ウィキペディアより引用
氏名 岩畔 豪雄
各国語表記
生年月日 1897年10月10日
渾名
生誕地 広島県 安芸郡 (広島県) 安芸郡倉橋町 倉橋島
死没地
軍歴 1918 - 1945
最終階級 陸軍少将
指揮 岩畔機関長近衛歩兵第5連隊長
部隊
戦闘 日中戦争第二次世界大戦
戦功
賞罰
除隊後
岩畔 豪雄(いわくろ ひでお、1897年10月10日 -1970年11月22日)は、大日本帝国陸軍 日本陸軍の軍人、最終階級は陸軍少将。
京都産業大学設立者の一人で元理事。

1941年3月、緊迫する日米関係の調整のため井川忠雄の要請で、日本大使館付武官補佐官として渡米。
連邦捜査局(FBI)は秘密裏に岩畔らの行動を監視したといわれている。
駐米大使・野村吉三郎らと日米開戦回避のための日米首脳会談などを柱とする日米諒解案の策定を行う。
この諒解案には岩畔の主張がかなり盛られていた。
しかし非公式だった諒解案が表に出ると外務大臣 (日本) 外務大臣・松岡洋右からこれを反古にされ(諒解案が松岡が外交で留守の間に日本に送られてきたのも、松岡がヘソを曲げた理由の一つとされる。
送付は松岡の留守を狙ったという岩畔の謀略説あり)岩畔はその後の野村とアメリカ合衆国国務長官 国務長官・コーデル・ハルとの会談にも同席し交渉を続けたが、6月に独ソ戦 独ソが開戦してしまい米国にとって諒解案は急ぐ必要の無い物となった。
岩畔は帰国し日本の軍部に折衝を続けたものの、主戦論が高まって不調に終わり、8月直談判した陸軍大臣東條英機に近衛歩兵第5連隊長に転出を命じられた。

題名
昭和陸軍 謀略秘史
著者
岩畔豪雄
発売元
日本経済新聞出版社
発売日
2015-06-25
新品価格
¥ 3,672 より
中古商品
¥ 2,200 より
題名
シンガポール総攻撃―近衛歩兵第五連隊電撃戦記 (光人社NF文庫)
著者
岩畔豪雄
発売元
光人社
発売日
2000-09-01
新品価格
¥ 596 より
中古商品
¥ 25 より
題名
科学時代から人間の時代へ (1970年)
著者
岩畔豪雄
発売元
理想社
発売日
1970
新品価格
より
中古商品
¥ 6,000 より
題名
謀略―かくして日米は戦争に突入した
著者
橋本恵
発売元
早稲田出版
発売日
1999-06
新品価格
より
中古商品
¥ 709 より
題名
戦争史論 (1967年)
著者
岩畔豪雄
発売元
恒星社厚生閣
発売日
1967
新品価格
より
中古商品
¥ 9,800 より
題名
世紀の進軍シンガポール総攻撃―近衛歩兵第五連隊電撃戦記 (1956年)
著者
岩畔豪雄
発売元
潮書房
発売日
1956
新品価格
より
中古商品
¥ 3,500 より
題名
岩畔豪雄氏談話速記録 (1977年) (日本近代史料叢書〈B-7〉)
著者
発売元
木戸日記研究会
発売日
1977-06
新品価格
より
中古商品
より
題名
岩畔豪雄氏談話速記録 (1977年) (日本近代史料叢書〈B-7〉)
著者
岩畔豪雄
発売元
日本近代史料研究会
発売日
1977-06
新品価格
より
中古商品
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